ニシドラは都内・区内の各地再開発に首を突っ込んでいるんだけど、杉並の顔、阿佐ヶ谷北口駅前(中杉通り沿いの杉並第一小学校から東の河北病院まで)にも問題が。
これはいろいろ入り組んでいるので、ぜひ「阿佐ヶ谷の原風景を守るまちづくり協議会(私はチラシや動画制作で参加)」「けやき屋敷のみどりを心配する会」のサイトを合わせてお読みください。
これまでの経緯はざっくりこんな感じ。
2015(H27)年:杉一小の建て替えが決まり、学校関係者や地域代表による改築検討懇談会が設立。区の施設(産業商工会館)との複合施設にして、現地で建て替え。現在の阿佐谷地域区民センター(当時はけやき公園プール)に仮校舎。
2016(H28)年:河北病院の移転建て替えが決まる。河北と杉一小の間にある巨大な「けやき屋敷」を取り壊してそこに移転。けやき屋敷は周辺の大地主である相澤氏のもので、現在の河北病院の土地も相澤氏からの借地。杉一小も明治の学制改革のときに相澤家が寄進した土地。
2017(H29)年:杉並区が突然、杉一小の現在地建て替えを「河北病院跡地に移転」に変更すると発表。同時に杉一小、河北病院、けやき屋敷、周辺の商店街を含む「まちづくり計画」が発表される。
当時からの問題点:
・けやき屋敷の屋敷林を伐採し、高層の病院(40m)が建つこと。これは今、神宮外苑や日比谷公園などで、市民の「木を伐るな」という批判が主流になっていますが、当時はちょっと早かった。阿佐ヶ谷地域は以外と緑が少なく、個人の宅地とはいえ、大木の林は貴重で猛禽類のツミも営巣していた。
・杉一小の移転先の河北病院は土地が低く、水害のおそれがある。元は沼地(暗渠化した桃園川と弁天池)で軟弱地盤。古い病院なので医療廃棄物で土壌汚染されている。全国でも病院跡地に学校を作ったのは沖縄の養護学校(それも酷いが)一例のみ。
・病院の移転は民間の事業なのに、なぜかそこに杉一小を含む三角交換になった。これは「土地区画整理事業」という手法で、売買ではなく換地で用地をまとめる。相澤氏(欅興産)河北病院と杉並区(田中良前区長)が「個人共同施工」で合意。区有地なのに議会にも諮らず、学校関係者の合意も取っていない。
・これまで現在地建て替えで立案してきた学校改築検討懇談会にまったく知らせず、突然移転を決定した。
・しかも駅前の杉一小と、細い道に囲まれた低湿地で病院跡地となる河北病院の土地は、あまりに評価が違うのではないか。つまり、区が損をする換地ではないか(これは単純な換地ではないので、以下リンクをご参照ください。また、換地条件については区の隠蔽に対し、複数の情報公開請求が継続中)。
・地区計画の変更により、杉一小の土地を欅興産が取得して最大60mのビルを建てることが可能に。
これらの問題のうち、けやき屋敷の緑は惜しまれながらも伐採され、現在は病院の建設が進んでいます。
(工事現場の外壁に貼ってある完成予想図。これを見て近所の人たちが驚き、騒ぎはじめた)。
2022(R4)年:区長選で岸本聡子新区長が誕生。選挙中は「おかしいことは見直す」として杉並区の施設再編や駅前再開発も批判していた。
現在まで:
2023(R5)年:岸本区長が掲げる「対話ですすめるまちづくり」の方針により、「阿佐ケ谷駅北東地区まちづくりを振り返る会」が3回、オープンハウス形式の意見交換が開催される。杉一小保護者や生徒も発言し、移転への懸念を表明。ほとんどが反対意見で、会は紛糾。
特に保護者や周辺住民から問題視されていること:
・杉一小はブラスバンドなどの活動が盛ん。大通り沿いで大きな音を遠慮なく出せる現在の環境から、住宅地に移転しては、周辺からの苦情が心配。
・その他、学校はチャイムや放送、運動会などの行事で大きな音が出る。
・駅前立地は保護者にも利点があり、地域とともにある杉一小の教育風土を築いてきた。
・生徒や学校側の意志を尊重してほしい。
・校庭が広くなるというが、近隣との緩衝帯を作ったらどれほど広くなるのか。
・大雨で水没しかねない土地は避難所として不適切。
そして大きな問題は区の「対話」の会が、移転ありきの「説明」であり、区民の意見に対しては、なんらきちんとした回答がなされないまま。
2024(H6)年:岸本区長が「杉一小は移転建て替え」のビデオメッセージを発信。
(現役保護者の方が作った資料)
現在、あらたな改築検討懇談会が組織され、移転案で進めようとしているが、参加している学校関係者は移転に反対の態度を変えていない。
また区は「あさがやまちづくりセッション」というワークショップを募集。阿佐ヶ谷地域のまちづくりを考える会のはずが、その第1回は「杉一小移転改築」をテーマとしています(参加者は杉一小関係者に限定されていないのに)。この件については、まもなく[阿佐ヶ谷の原風景を守るまちづくり協議会]のブログでレポートされる予定です。